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仙台地方裁判所 昭和54年(ワ)336号 判決

原告

三浦とく子

ほか二名

被告

吉田政雄

ほか二名

主文

被告らは、連帯して、原告三浦とく子に対し金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五四年六月二日以降、原告三浦あけみ、同三浦章一に対し各金三三〇万円及び内金三〇〇万円に対する昭和五四年六月二日以降、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  訴外亡三浦章は昭和五二年三月一日午後八時三〇分頃から同日午後九時三〇分頃までの間、宮城県黒川郡大和町落合三ケ内字井泥一〇番地安海恒信方敷地内にある世紀建設株式会社飲場において、被告吉田政雄、同星寿一両名の共謀により、胸部、頭部、顔面、背中等を手挙で殴打、足蹴りされたうえ、用水路の中に突き倒され、更に右飯場前農道に倒れていたところを被告吉田によりその身体を普通乗用自動車(クラウンハードトツプ)で轢かれ、よつて左右肋骨々折、右鍵骨々折、右肺臓損傷等の傷害を受け、同月二日午前零時頃右飯場内において右肺臓損傷による失血により死亡した。

二  被告らの責任

(一)  被告吉田政雄、同星寿一は、共謀して右のように故意に章に傷害を加え死亡するに至らしめたものであるから、不法行為者として損害賠償の責任がある。

(二)  被告吉田は、被告有限会社吉田土木の社員で同社代表取締役吉田利雄の息子であり、被告吉田が前記事件に際して運転した加害車両は、被告会社の保有にかかるものであるから、被告会社は運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により損害賠償の責任がある。

(三)  被告吉田は被告会社の被用者であり、章の死亡は被告会社の被用者である被告吉田によつて事業の執行のためになされたものである、即ち被告吉田の本件傷害致死行為は被告吉田が亡章の仕事仲間との日頃の人付き合いにつき注意を喚起しようとしてなしたものであり、被告会社の専務として働いていた被告吉田の仕事上の監督者ないし人事監督者としての立場から注意を促すという目的のために惹き起されたものであつて、右の行為は被告会社の業務執行と関連してなされたものである。

よつて原告らは被告会社に対し民法七一五条により損害賠償を求めるものである。

三  原告とく子は亡章の妻、原告あけみ、同章一は亡章の子で、いずれも相続人(相続分各三分の一)である。

四  損害

(一)  亡章の逸失利益

章は死亡当時四一歳の健康な男子であり、本件事件によつて死亡しなければ六七歳までなお二六年間就労可能であつたから、その逸失利益を計算すると、別表(3)のとおり金九八三九万九五八〇円となる。

原告とく子、同あけみ、同章一は、右額の損害賠償請求権をそれぞれ三分の一ずつ、即ち各自金三二七九万九八六〇円宛相続した。

(二)  葬儀費用

原告とく子は昭和五二年三月二日章死亡後、同人の葬儀を行つたので、その支出した諸経費のうち金五〇万円を請求する。

(三)  慰藉料

章は、些細なことが原因で、被告吉田、同星により、殴打、足蹴りにされるなどの暴行を受けたうえ、更に被告吉田により自動車で轢過され病院への運ばれないまま放置されて非業の最後を遂げたもので、その憤りは察して余りあまるものである。

また一家の支柱を失つた原告らは経済的に非常に困窮し、精神的にも非嘆のどん底に突き落されている。

よつて原告らは亡章の相続人として同人の慰藉料請求権を相続し、かつ固有の慰藉料請求権を有するものであるから、それぞれ次の額を請求する。

原告とく子 金五〇〇万円

原告あけみ 金三〇〇万円

原告章一 金三〇〇万円

(四)  損益相殺

原告らは本件に関し、自賠責保険から各自五〇〇万円ずつ受領し、また原告とく子は被告吉田、同星より各一〇万円ずつ受領しているのでこれらを差し引く。

(五)  以上による原告ら各自の請求し得る額は、

原告とく子 金三三〇九万九八六〇円

原告あけみ、同章一 各金三〇七九万九八六〇円

であるが、原告とく子は右金額の入金四〇〇万円を、原告あけみ、同章一は右金額の内金各三〇〇万円をそれぞれ本訴において請求する。

(六)  弁護士費用

原告らは本件訴訟を原告代理人に委任し、弁護士報酬規定の範囲内でそれぞれ次の額を支払うことを約した。

原告とく子 金四〇万円

原告あけみ、同章一 各金三〇万円

五  よつて被告らに対し、原告とく子は金四四〇万円及び弁護士費用を除く内金四〇〇万円に対する本件訴状送達の後である昭和五四年六月二日以降、原告あけみ、同章一は各金三三〇万円及び弁護士費用を除く内金三〇〇万円に対する昭和五四年六月二日以降、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、

被告吉田の後記第二項の主張に対し、

同被告は、章と原告とく子とは本件事件当時婚姻破綻の状態にあつたのであるから、原告とく子には固有の慰藉料請求権はない旨主張する。

しかし本件事件当時、原告とく子と章とが婚姻破綻の状態にあつたということは何ら根拠のないものである。原告とく子は昭和五一年九月頃夫婦関係を調整する意味で離婚調停の申立をしたことはあつたが、あくまで夫であつた章に酒をやめてもらいたいとのことからであつた。また本件事件当時も章は原告らに仕送りを続けていたし、章自身死ぬ直前まで「俺には女房、子供が……」と言つて原告らを愛していたものであると述べ、

被告会社の後記第三項の主張に対し、

被告会社は章の逸失利益は諸統計によらずに同人の実質収益により算出すべき旨主張するが、章は死亡当時、世紀建設の下請会社である菱和建設で、自己所有のブルドーザーを使用して自営業者として働き、少くとも四九〇万円程度の年収を有していたものである。したがつて章の年収を二八八万円程度として算定したのは、生存しておれば挙げたであろう利益をかなり下回つた数字であり、また毎年の収入の増加の点については、賃金センサスの全産業全男子労働者(学歴計)の平均給与額の前年度のそれに対する増加率、及び年齢増による毎年の収入増がみられることから、本件においても毎年一〇パーセント程度の上昇が見込まれるものとして算定すべきであると述べ、

被告星の後記第二、第三項の主張に対し、

一  被告星は致死の結果については賠償責任がない旨主張するけれども、本件の刑事判決(甲第二号証)においても、明らかに被告星を章の傷害による死亡の結果についての共同正犯者と認定して共同責任を負うべき旨述べているもので、この点に関する同被告の主張は理由がない。

二  また同被告は過失相殺を主張するが、右主張も理由のないものである。即ち、章と被告星がもみ合いとなつた事件当日の午後八時半頃章は酒を一升以上飲んでいて身体がふらふらしている状態であつたのに対して、被告星の方は普段の飲酒量で意識もはつきりしていた。そして被告吉田は勿論のこと被告星にしても、仕事上、人事上章を監督する立場にあつたものである。右のような立場にある人間が章に細引きをかけて外に引きずり出し、二人で章の胸部等、ところ構わず二〇回以上殴打したり、足蹴りするなどの暴行傷害を加えるが如きは、明らかに度を超えたものというべきである。

しかも被告吉田、同星らは、かねがね章を懲らしめることを考えていたということであつて、章の当日の酔余の言動が被告らの考えを実行に移させる一誘因になつたとしても、それをもつて章が被告らから暴行傷害を受け死に致らしめられることにつき過失があつたものとすることはできないものというべきである。

まして章が被告らから苛烈な暴行傷害をうけ抵抗できなくなつて一旦飯場内寝室に戻つてから再び起き出して被告らに対し「なんで俺んとこだけいじめるんだ。専務お前は生意気だ」などといつたとしても、右のような暴行傷害をうけた人間としてあまりに当然のことであり、章は被告らに対し何らの手出しをしているわけでもないにも拘らず、被告らは章に対し前同様の暴行傷害を加えたりしたほか、同人の頭をコンクリート片に打ちつけたり、また同人の胸部を轢過するなどしたのであつて残虐というべきであり、ここに章の過失が入り込む余地など全くない。

以上いずれの面からみても、本件は被害者の過失を問題とする余地のないものというべきであると述べ、

立証として、甲第一ないし第八号証(第二号証は写)、第九号証の一、二、第一〇号証の一ないし一七、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし五、第一四号証を提出し、原告三浦とく子の本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告吉田政雄は本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなした答弁書には「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として、

一(一)  原告ら主張の請求原因第一項は認める。

(二)  同第二項の(一)は認める。

同第二項の(二)のうち、被告吉田が吉田利雄の息子であることは認めるが、その余は不知。

(三)  同第三項は不知。

(四)  同第四項の(一)、(二)は不知。

同第四項の(三)ないし(六)は争う。

二  「原告とく子と章は昭和五二年三月当時戸籍上夫婦であつたが、夫婦関係は既に破綻しており、原告とく子が家庭裁判所に離婚調停申立をなし、章死亡の数日後に離婚が成立する手筈となつていたものである。このような事情にあつた原告とく子は章死亡によつて慰藉される何ものもないので、原告とく子の本訴請求は理由がない。」との記載がある。

被告会社訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決並びに予備的に保証を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

一(一)  原告ら主張の請求原因第一項の事実中、三浦章が原告ら主張の日時に死亡したことは認めるもその余は不知。

(二)  同第二項の(一)は不知。

同第二項の(二)のうち、被告吉田が被告会社代表取締役の息子であること、本件車両が被告会社の保有であることは認めるも、その余は争う。

同第二項の(二)は否認する。

本件事故は亡章、被告吉田、同星らが仕事終了後に飲酒酩酊のうえの喧嘩に起因するものである。被告吉田の飲酒も喧嘩も被告会社の事業執行とは全く関係のないことであるから、被告会社が民法七一五条により責任を負うことはないものである。

(三)  同第三項は認める。

(四)  同第四項のうち、(四)は認めるが、その余は不知。

(五)  同第五項は争う。

二  被告吉田らの本件自動車の移動態様からして、被告会社は自賠法三条所定の「自己のために自動車を運行の用に供する者」、いわゆる運行供用者ではない。

被告吉田らの本件自動車の移動は自動車を犯行の道具(凶器)として用いたものであつて、自賠法三条の「運行によつて」にあたらない。そもそも自賠法三条は激増する交通事故に対応し、被害者の適正迅速な保護をはかるために運行供用者に責任を負わせるものであるが、その点からしても被告吉田らの本件自動車の移動はそれに該当しないことは明らかである。

したがつて被告会社は自賠法三条の責任を負うことはないものである。

三  章は死亡当時有職者であるから、その逸失利益は諸統計(全国労働者の平均賃金)によらず同人の実質収益により算出されるべきものであると述べ、

立証として、乙第一ないし第一三号証を提出し、被告会社代表者吉田利雄の尋問の結果を援用し、甲第一ないし第八号証、第九号証の一、二の成立(甲第二号証は原本の存在とその成立)は認めるが、その余の甲各号証の成立は不知と述べた。

被告星訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一(一)  原告主張の請求原因第一項の事実は、共謀の内容の点を除き、その余は認める。

共謀の内容は後記の如く酒癖の悪い三浦章を折檻するため手拳等で暴行を加えることであつた。

(二)  同第二項の(一)について

後に詳述するように、被告吉田は亡章の傷害については責任があるが、致死の結果については賠償責任がないものである。

同第二項の(二)、(三)は不知。

(三)  同第三項は認める。

(四)  同第四項の(一)は不知。

同(二)、(三)は額を争う。

同(四)は争わない。

同(五)は争う。

同(六)は不知。

(五)  同第五項は争う。

二(一)  本件の亡章に対する暴行から致死に至るまでの経緯は次のとおりである。

(1)  章はかねて酒癖が悪く、原告ら主張の飯場においても屡々他に迷惑をかけていたが、昭和五二年三月一日午後七時頃右飯場食堂において被告らと飲酒中午後八時半頃に至り、自己が他から購入したブルドーザーの月賦代金について、先に被告星から立替払いを斡旋して貰つたことに対して、酔余「余計な事をしてくれた」などといつて因縁をつけるような態度に出たので、被告星はこれに憤慨し、かつ日頃酒癖が悪く周囲の者に迷惑をかけているので、これを戒めなければならないと考えていたこともあつて、折檻のため暴行を加えようとして章ともみ合い、食堂前の空地に引出して数回手拳で殴打し足蹴りにしていたところ、傍らでこれをみていた被告吉田も工事現場の総監督の立場上、かねて酒癖の悪い章を戒める要があると考えていたので、被告星に加担し、両者意思を共通にして、こもごも章の胸部、頭部、顔面、背部等を手拳で殴打し、ゴム長靴履きの足で蹴る等の暴行を加えたところ、章が「参つた、参つた」といつて謝るような態度を示したので暴行をやめ、被告吉田が章を飯場内の寝室に連れて行き横臥させた後、食堂に戻り被告星と仕事の話等をしていた。

(2)  ところが、章は午後九時頃食堂に現れ、被告らに対し「何で俺んとこだけいじめるんだ、専務、お前は生息気だ」等といつて絡んできたため、被告吉田は立腹し章が抵抗できなくなるまで折檻のため暴行しようとし、殴りかかつてきた章を床に引倒し胸部等に足蹴りを加え、これを見ていた被告星も従来の経緯からこれに加担し、両名は章を食堂の外の空地に引ずり出し、午後九時半頃までの間、同人の胸部、頭部、顔面等を手拳で殴打し、ゴム長靴履きの足で蹴り、更に同人を飯場前町道の傍らにある用水堀に突き落し弱りきつたのをみるや、これを町道上に引き上げ横たわらせた。

(3)  被告星は、その頃飲酒による酔と章の着衣について泥水の臭気とにより吐気を催したためその場を離れ、飯場内の炊事場に赴き口をすゝぐ等して少憩した。

(4)  その間に被告吉田は飯場事務所脇の町道上に止めてあつた普通乗用車を運転し、急発進して町道上に横たわつていた章の胸部を轢過し、よつて原告ら主張の傷害を負わせ、その主張の日時、場所において肋骨々折、肺臓損傷等による失血死により死亡させるに至つたものである。

(二)  被告らの章に対する共謀の内容は、酒癖の悪い章をかねて戒めようと考えていたところへ、事件当夜も亦酔余被告らに因縁をつけ絡んできたので、これを懲らしめるため暴行しようとしたことであり、被告星にあつてはそれ以上の意図はなかつたし、乗用車を運転して轢過することなど思いもよらないことであつた。

したがつて、被告星には暴行の意思しかなく、死の結果についての予見ないしその可能性もなく、致死については相当因果関係がないから、致死の結果についての賠償責任はないものである。

三  過失相殺の主張

被告星の責任については右に述べたとおりであるが、その場合においても、或いは被害者致死の責任を認める場合においても、本件の場合、被害者章自ら飲酒酩酊の上被告星に絡み、折角被告星において章のブルドーザーの月賦代金の立替払いを取り計らつてやつたのに対し「余計なことをしてくれた」等と因縁をつけ、被告星を仇で返すような態度に出て被告らの暴力行為を誘発し、更に一旦被害者が謝るような態度をしたので、飯場内の寝室に連れて行き寝かせたに拘らず、再び起き出して上長を侮辱、罵倒する言辞を弄し、被告らを刺激興奮させ、折檻のための暴力行為を招致したもので被害者にも過失があるから賠償額を定めるにつき公平の見地から十分斟酌されたいと述べ、

立証として、証人石母田二郎の証言及び被告星寿一の本人尋問の結果を援用し、甲第一ないし第八号証、第九号証の一、二の成立(甲第二号証は原本の存在とその成立)は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一  原告ら主張の請求原因第一項の事実は、被告吉田政雄の認めるところである。

しかして被告会社との関係においては、右第一項の事実のうち、三浦章死亡の事実については当事者間に争いがなく、その余の事実は原本の存在と成立に争いのない甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第三ないし第八号証、乙第一ないし第一三号証、被告星寿一の本人尋問の結果によつてこれを認めることができ、また被告星との関係においては、右第一項の事実のうち、共謀の内容の点を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

二  被告星は、被告星と被告吉田との共謀の内容は酒癖の悪い章を折檻するため手拳等で暴行を加えることであつて、被告星は被告吉田が自動車で轢過することなど思いもよらなかつたものであるから暴行による傷害については責任があるが、致死の結果については責任がない旨主張する。

しかしながら、前掲各証拠によると、被告吉田、同星及び章らは宮城県黒川郡大和町落合三ケ内の同場整備工事の工事現場において水田の整地工事等に従事していたものであるが、当日午後七時前頃から飯場の食堂内において飲酒していたところ、午後八時半頃になつて、章が自分が他から購入したブルドーザーの月賦代金について、先に被告星から立替払を斡旋して貰つたことに対して、酔余「余計なことをしてくれた」等といつて因縁をつけるような態度に出たため、被告星が右のような章の態度に憤慨するとともに、日頃同人が酒を飲むと騒いで周囲の者に絡んで迷惑をかけており、かねてこれを戒めなければならないと考えていたことも手伝つて同人に折檻のため暴行を加えることを企て、同人とその場でもみ合つた後同人のあごのあたりに細びきをかけて同人を食堂前の空地に引きずり出し、そこで同人と互に数回手拳で殴打し、足蹴りを加え合うなどしていたが、そのうち、傍らでこれをみていた被告告田もかねて酒癖の悪い章を戒めなければならないと考えていたところから、この際自分も折檻を加えようと考えて被告星に加勢し、被告星と同吉田は意思を共通にしてこもごも章の胸部、頭部、顔面、背部、腕、足等ところ構わず数十回に亘つて手拳で殴打したり足で蹴るなどの暴行を加えたところ、同人が「参つた、参つた。」といつて謝るような態度を示したため、それ以上の暴行を加えることを中断し、被告吉田が章を飯場内の寝室に連れて行つて同人を横臥させ、食堂に戻つて被告星と話しをしていたところ、数分後に章が再び食堂内に現われ、同被告らに対し、「なんで俺んとこだけいじめるんだ。専務(被告吉田を指す。)、お前は生意気だ。」などといつて絡んできたため、被告吉田は章が抵抗できなくなるまで折檻のため暴行を加えることを企て、殴りかかつてきた章を床に引き倒し三回ほど同人の胸部及び顔面に足蹴りを加えたが、そのうち、それを見ていた被告星もこれまでの経緯から被告吉田に加勢して章を更に折檻しようと考え、被告吉田、同星は再び意思を共通にして章を空地に引きずり出したうえ、こもごも同人の胸部、頭部、顔面、肩、腕、足等をところ構わず何度も手拳で殴打したり足で蹴つたりしたうえ、同人の頭部をコンクリート片に打ちつけ、更に飯場前の傍らにある用水堀に突き落とし、同人が弱りきつたのを見るや町道上に引き上げて横たわらせたが、その頃被告星は飲酒による酔いと章の着衣についた泥水の臭気により吐き気を催したため飯場内の炊事場に行くためその場を離れたが、その間に被告吉田が飯場の事務所脇にあつた普通乗用自動車を運転して右町道上に横たわつていた章の身体を轢過したものであり、被告吉田、同星の右の一連の暴行により章が左右の肋骨々折、右鎖骨々折、肺臓損傷等の傷害をうけて死亡したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によると、被告吉田と同星は二人互に共同して章の身体に暴行を加える意思をもつて、こもごも章に殴る蹴るの暴行を加えたばかりでなく、用水堀に突き落したり、コンクリート片に頭を打ちつける等の行為によつて暴行を加えているものであつて、被告吉田と同星との共謀の内容が手拳等で殴打することに限定されていたわけでもなく、たとえ被告吉田の自動車による轢過が被告星にとつて予想外のものであつたとしても、被告吉田の自動車による轢過も東の身体に対する暴行の一態様にほかならないし、章は被告両名の手拳による殴打から自動車による轢過までの一連の暴行により前記の傷害をうけ、その結果死亡するに至つたもので、被告両名の章に対する右一連の暴行は、全体として章に前記の傷害を生じさせた一個の違法行為を構成するものというべきである。

してみれば、被告吉田、同星の両名は、右一個の違法行為と評価される前記の一連の暴行行為によつて生じた前記傷害による章の死亡の結果について共同してその責に任ずべきものであるから、被告吉田、同星の両名は共同不法行為者として章の死亡によつて生じた損害について連帯してこれを賠償すべき責任があるものといわなければならない。

三  よつて次に被告会社の責任について判断するに、前記自動車が被告会社の保有する車両であることは当事者間に争いがなく、前掲各証拠及び被告会社代表者吉田利雄の尋問の結果によれば、本件車両は被告吉田政雄をはじめ被告会社の従業員が前記工事のために使用していた車であつて、被告吉田がこれを前記犯行の道具として用いたものであつても、同被告が本件車両をエンジンを操作して走行し章を轢過したものであるから、本件車両を当該装置の用い方に従つて用いたもの、すなわち本件車両を運行したもの(自賠法二条二項)にほかならないし、被告会社の従業員である被告吉田が被告会社の支配内にある工事現場の飯場においてこれを運行したものであり、しかもこれによる轢過も章死亡の一因をなしているものであるから、被告会社も自賠法三条により運行供用者として章の死亡によつて生じた損害について賠償の責があるものといわなければならない。

けだし自賠法三条による運行供用者の責任は、被害者の身体又は生命の侵害が自動車を運行によつて生じたものであれば、それが運転手の故意によつて生じたものであると過失によつて生じたものであるとによつて区別されるものではないからである。

四  よつて亡章の死亡に伴う損害について判断する。

(一)  亡章の逸失利益

第一項に掲げた各証拠並に証人石母田二郎の証言及び、被告代表者吉田利雄の尋問の結果、原告三浦とく子の本人尋問の結果(第一、二回)とこれにより成立を認めうる甲第一〇号証の一ないし一七、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし五、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一四号証を綜合すると、章は死亡当時四一歳の男子で酒好きで酒癖は良くなかつたが健康であつたこと、同人は昭和四二年原告とく子と結婚し、原告あけみ、同章一の二子を儲けたこと、同人は結婚以来山形市の会社にブルドーザーの運転手として勤めていたが、昭和五〇年秋頃ブルドーザー一台を月賦で購入して、工事を捜し求めて稼動するようになつたこと、そして春から秋までは当時住んでいた山形県尾花沢市近在の仕事をし、冬は雪のため尾花沢市附近では仕事ができないため、雪のない地方に仕事を求めて出稼ぎしていたこと、その間の収入はしかく明瞭ではないが、昭和五〇年九月から一二月までの総収入が約四二六万円、昭和五一年一月から一二月までの総収入が約五五〇万円で、油代その他の諸経費として要する金額は右収入の約一割五分であるほか、ブルドーザーの月賦が月一五万円位であつたこと、その間章と原告とく子との夫婦仲が悪くなり、昭和五一年九月頃から原告とく子が山形県の寒河江市に就職して別居し、その後原告とく子から離婚の調停申立が出され係属中であつたこと、章は宮城県から世紀建設株式会社が請負い、同会社から菱和建設株式会社が下請していた前記宮城県黒川県大和町落合三ケ内の圃場整備工事について昭和五二年一月初頃から菱和建設に雇われ、ブルドーザー持ちで働いていたが、菱和建設が同年一月末頃倒産したため、これまでの仕事賃も支払つてもらえず、職を失う状態となつたこと、その後世紀建設が右工事を被告吉田土木に下請させて引続きやらせることになり、被告吉田土木は石母田二郎と被告星寿一の土建業者にやらせることにしたこと、そこで章は石母田二郎に引続き右工事現場で働かせて貰うように依頼し、同人は章を二月末頃から人夫として使つていたこと、その支払われる人夫賃については明確な話し合いはなく、四日後の三月二日に本件事件で章が死亡したため一回も人夫賃の支給をしていなかつたものであることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、章の死亡前の収入は一定せず、特に死亡直前には人夫として働いていたものであるが、その賃金額も賞与の額も特に定まつていたものではないから、本件章の逸失利益を算定する基準としては、「昭和五二年の従業員九九人以下の小規模企業における小学・新中卒者の男子労働者の章死亡時における四一歳の年齢者の統計による平均賃金額」を基本とし、その毎年における昇給は不確実なものであるからこれを考慮しないこととして算定するのが相当と考える。

しかるところ、賃金センサスによれば、昭和五二年における小規模企業の男子労働者の小学・新中卒者の四〇歳から四四歳までの平均現金給与額は月額金一六万四六〇〇円であり、昭和五二年の簡易生命表によれば、章の平均余命は三四年を下らないから、就労可能年数を六七歳までの二六年とし、生活費控除を三割とし、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して死亡当時における同人の逸失利益の現価を計算すると、その金額は次のとおり金二二六四万六二六〇円(円以下切捨)となる。

〔164,600×(1-0.3)×12〕×16.379(ホフマン係数)=22,646,260

ところで、前記認定の事実によれば、本件事件が発生するに至つた直接の原因は、章が酔余被告星に因縁をつけたことに端を発したものであるから、この点において章にも過失があつたことは否定できないが、しかし、その後における被告吉田、同星の折檻の程度ははるかに度を越したものであることを考慮すると、本件において章の前記過失を斟酌して被告らの賠償額を減ずる程度は一割程度とするのが相当であり、したがつて前記金額のうち、被告らの賠償すべき金額は金二〇三八万一六三四円とするのが相当である。

(二)  葬儀費用

原告三浦とく子の本人尋問の結果(第一回)によると、原告とく子が章の葬儀を行つていることが認められ、章の年齢、職業、前記過失等に照すと、本件と相当因果関係のある葬儀費用として被告らに賠償させる金額は金四五万円とするのが相当である。

(三)  慰藉料

本件事件の態様、章の年齢、原告とく子と章の死亡前の夫婦関係、章の前記過失、その他本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、章及びその妻子である原告らに対する慰藉料は、章につき金五〇〇万円、原告とく子につき金一〇〇万円、原告あけみにつき金一〇〇万円、原告章一につき金一〇〇万円の合計金八〇〇万円とするのが相当である。

五  以上認定判断したところによると、被告らに請求しうる章の逸失利益の損害は金二〇三八万一六三四円、慰藉料は金五〇〇万円となるところ、これらは原告ら妻子三名が各三分の一の相続分の割合で相続することになるから、その相続する金額は各金八四六万〇五四四円となり、これに原告ら固有の損害である葬儀費用、慰藉料を加え、更に原告らが自賠責保険から各金五〇〇万円(合計一五〇〇万円)、原告とく子が被告星、同吉田から各金一〇万円の支払をうけていることは原告の自認するところであるから、これらを差引くと原告らの損害額の残額は、

原告とく子につき 金四七一万〇五四四円

原告あけみ、同章一につき 各金四四六万〇五四四円

となる。

六  弁護士費用について

本件事案の内容、請求額、認容額、その他一切の事情を考慮すると、原告らが本件訴訟追行のために要する弁護士費用として請求する金額即ち原告とく子につき金四〇万円、原告あけみ、同章一につき各金三〇万円は本件と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

七  そうすると、被告らに対し連帯して、原告とく子において金四四〇万円及びそのうち弁護士費用を除く金四〇〇万円に対する本件訴状送達の後であること記録上明らかな昭和五四年六月二日以降、原告あけみ、同章一において各金三三〇万円及びそのうち弁護士費用を除く金三〇〇万円に対する昭和五四年六月二日以降各完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求は理由があるからこれを認容し、仮執行免脱の宣言はこれを付さないこととし、民事訴訟法八九条、九三条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男)

別表

(1) 被害者の死亡時における年間総所得額 金2,887,800円

昭和50年度賃金センサスの40歳から44歳の学歴計平均給与額を基準にして計算

179,500円(給与月額)×12(月数)+783,800円(年間賞与その他特別給与額)=2,887,800円

(2) 被害者が得くべき総収入

1 被害者の昇給率は前年度の総収入の10パーセント増

2 67歳まで稼動可能とし、定年後の56歳の収入は前年度の70パーセント

3 中間利息控除方式は新ホフマン方式による

〈省略〉

(3) 逸失利益 金98,399,580円

亡三浦章は世帯主なので生活費控除率を30パーセントとして計算

140,570,829×(1-0.3)=98.399,580円

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